~家の記憶エッセイ~ 住まいと棲み家とお宅とアジト
住まいにまつわるショートストーリーをお届けします。
日々の、日常の、住まいと家族のこと。
朝のコーヒーを飲みながら、通勤電車の中で、煮物が煮あがる待ち時間、就寝前に。
インテリアやインタビュー記事を執筆しているフリーライターによるコラムです。
交通ストを前に2日早めて帰国
口開けたスーツケースが居間を占拠
留学中、次男の部屋を三男が使っていた。三男は再び、長男と一緒の部屋に戻る。三男が修学旅行に出かけたら、2日後に帰国する次男と三男の寝具を洗濯してベッドメイクし、部屋をきれいに掃除しよう。
そんな、パズルのような家事を計画していたにもかかわらず、次男が急きょ2日前倒しで帰国することになった。ギリシャの交通ストで飛行機が終日欠航になる見込みで、ビザ切れ前に帰れる便をなんとか確保したそうだ。東京行きはとれず、関西空港に夜着いて新幹線で帰ってくるという。
次男の痕跡がいたるところに
深夜に無事帰宅した時は、本人も家族もホッと安堵した。重たいスーツケースを2個、1階玄関から2階リビングまで階段で運んだところで次男は力尽きた。スーツケースのフタを開けたらリビングは足の踏み場もなく、その先の荷ほどきは何日たっても進まない。優しい家族たちは誰も文句を言わず、それをまたぎながら生活している。
そうだった、この感じ。次男が帰って来た!…リビングに広げられたスーツケース2個からじわり実感が迫る。その荷物をまさぐり、お菓子や紅茶など友人たちへの土産品をつかむと、夜ごと誰かに会いに出かけていく。次男が使った後の洗面台に行けば、収納扉は開いたまま。そうだった。洗った洋服は階段の手すりにかけたまま。そうそう。あちこちに彼のマーキングがよみがえっている。
そしてついに、しびれを切らした私が2個のスーツケースを片付けた。中にある土産品のグミやクッキー、紅茶や化粧品が、床暖房でスーツケースごと温められて、ホカホカになっているのに気づいたからだ。
一緒に留学から帰り、1人暮らしの家に戻った清潔好きのルームメイトは今頃、次男のマーキング地獄から解放されて心底ほっとしているに違いない。

~本コラムの筆者プロフィール~
葉山 郁子 (はやま・いくこ)
ライター。小学生時代に4回転校するなど引っ越し好きの母と首都圏を転々とした後、神奈川県寄りの都内に定住。大手出版社で複数の編集部と雑誌創刊を経験。現在はフリーでエンタテインメント分野の記事を中心に執筆。社会人、大学院生、高校生の3人息子と夫の5人世帯に加え89歳の母と二世帯同居している。