~家の記憶エッセイ~ 住まいと棲み家とお宅とアジト
住まいにまつわるショートストーリーをお届けします。
日々の、日常の、住まいと家族のこと。
朝のコーヒーを飲みながら、通勤電車の中で、煮物が煮あがる待ち時間、就寝前に。
インテリアやインタビュー記事を執筆しているフリーライターによるコラムです。
通風も電子錠も可能なイマドキのドア
調べ過ぎて燃え尽きてギブアップした話
二世帯で双子のように並ぶ木製玄関ドアは、スリット状のガラスから外光を取り入れるオリジナルデザイン。築20年間近で経年劣化が激しく、直接雨のかかる下側30cmは表面の板がささくれ立ち、触るとボロボロ崩れるほど傷んでしまった。「修繕するか、交換するか」。
調べるうちに、1日で施工できるカバー工法にたどり着く。既存のドア枠にカバーを被せ、その内側に新しいドアをつけるから工事が速い。ドア自体に通風孔のある商品なら、息子のスパイクのケモノ臭も、収集前夜に置いたゴミの悪臭も、家中に充満する前に解放できる。ワクワク。美観もスマートキーもかなえられ、しかも今なら国や都の助成金でかなりおトクらしい。“おトク好き”な私は目の色を変え、メーカーのオンライン相談で情報収集し、提携工務店に見積依頼。「もうこれに決めた!」と前のめりになったが、助成の申請〆切日である年度末にギリギリ間に合わなかった。オンライン申請をしている最中に画面が「本年度の受付は終了しました」に切り替わるという失態を演じたのだ。
おトクが好き過ぎて目的見失う
その時の脱力ぶりは、高熱の下がった朝のごとく。頭を冷やしてゆっくり調べたら、今度は我が家に合わない点が気になりだした。カバー工法ゆえに、狭い開口部がより小さくなること。高齢の母はスマートキーより従来の鍵が希望で、その選択だと二世帯が双子のドアデザインにならないこと。決め手は、「物音がしてもドアから外が見えないのは嫌だわ」という母の一言。助成額の大きい、つまり断熱性能の高いドアにはガラスも通風孔もない。目的を見失いかけて、踏み切れなくなった。
結局、ドアの下30cmの表面に、金属のキックプレートを貼り付けることで今回のドアリフォームは終了。いちばん最初に工務店社長が提案してくれた案だ。ボロボロに傷んだ部分を覆い隠し、言わば“臭いものにフタ”をした格好だが、逆に逃げ場を失ったケモノ臭は、今日も室内を漂い存在感を放っている。

~本コラムの筆者プロフィール~
葉山 郁子 (はやま・いくこ)
ライター。小学生時代に4回転校するなど引っ越し好きの母と首都圏を転々とした後、神奈川県寄りの都内に定住。大手出版社で複数の編集部と雑誌創刊を経験。現在はフリーでエンタテインメント分野の記事を中心に執筆。社会人、大学院生、高校生の3人息子と夫の5人世帯に加え89歳の母と二世帯同居している。